屠殺

北京の某公の家に李某という老僕がいた。性格はいたって誠実で、人をだますようなことは決してしなかった。


主人に仕えて数年が過ぎ、わずかながら蓄えもできた。暇を取った李某は蓄えを元手に市場に小さな店を開き、従業員を雇って驢馬の屠殺(とさつ)と解体を請け負うことにした。


ある晩、李某は不思議な夢を見た。白い縁取りの黒い着物を着た美人が悲嘆に暮れた様子で彼の前に跪き、


「私は衛氏でございます。残忍な者の手にかかって、間もなく命を落そうとしております。私を助けられるのはあなた様だけ。お願いでございます。どうか私を助けて下さい。きっとご恩にお報いいたします」


と言って、涙を落とした。その姿に哀れみを覚えた李某は、必ず助けてやることを約束した。


目覚めてみれば、まだ夜中であった。目がさえて眠れぬまま夜明けの太鼓の鳴るのを待った。李某は夜明けを告げる太鼓の音とともに起き出し、いつも通りに市場の店へ向った。


李某が扉に手をかけて開けようとすると、中から従業員達の笑い声が聞こえた。


「おいおい、見ろよ、この腹。ぱんぱんに膨らんでるぞ。もしかして子供でもいるんじゃないのか」


別の一人がそれに答えて、


「一体、誰の種なんだ?」


一同のどっと笑う声が続いた。不審に思った李某は扉のすき間からのぞいてみた。明々と灯りがともり、鍋からもうもうと立ち上る湯気の中、従業員達は包丁を握って杭を囲んでいた。


杭は屠殺する動物を繋ぐためのものであった。李某が湯気を透かして目をこらしてみると、杭には一人の女が繋がれていた。


女は一糸まとわぬ裸で、その顔を見た李某は驚いた。それは紛れもない、夢の中で救いを求めてきた美女だったのである。その白い腹は無残にも裂かれて腸が引きずり出され、地面にはなまぐさい血だまりができていた。


李某は仰天した。何と自分が雇っていた従業員達は恐ろしい殺人鬼だったとは。自分の身にも危険が迫っていると思った李某は後ろも見ずに家に逃げ帰った。家に飛び込んでからも震えが止まらず、そのまま日が高くなっても外に出なかった。


店の方では定刻になっても李某が姿を現わさないので、わざわざ家まで呼びに来た。はじめ李某は恐がって出てこなかったが、自分には何の危害も加えられないことがわかると、ようやく姿を現わした。迎えに来た従業員は不思議そうな顔で李某を見ていた。


店に出てみると、石の台の上に解体したばかりの肉が並べられていた。それは牝驢馬のものであった。この時、李某は夕べの夢の意味を悟った。しかし、このことは誰にも言わなかった。



三日後、李某は店を閉じて、二度と屠殺業に従事することはなかった。商売換えをしてしばらく経ってから、他人に話すようになった。李某は殺生を戒める言葉でしめくくり、約束しながら牝驢馬を救えなかったことを惜しがった。



(清『螢窗異草』)