絵姿

顧長康(こちょうこう、東晋の大画家顧緂之《こがいし》、長康は字)は江陵(こうりょう、湖北省)で一人の娘を愛した。娘も愛情をもって応えてくれた。短い逢瀬(おうせみ)を終えて、娘は帰っていった。


娘が立ち去った後も、長康は娘のことを思い続けた。娘が時折、浮かべる困ったようなすねた表情、細やかな愛情に満ちた仕種などを思い浮かべた。もう一度、この目で娘の姿を見たいと思った。長康は筆を執ると、娘の絵姿を描いた。仕上がった絵を簪(かんざし)で壁に留めることにした。顔がよく見えるよう、胸に簪を刺した。


その頃、娘は長康の家から十里(当時の一里は約430メートル)ほど離れたところにいた。逢瀬の余韻(よいん)に浸りながら帰路を急いでいたのである。娘は突然、胸を押さえた。刺すような鋭い痛みを覚え、それ以上、前に進めなくなった。



六朝『幽明録』)



中国奇譚 (アルファポリス文庫)

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