広東(カントン)のある寺に、一人の年老いた僧侶がいた。貧苦の中で修行をし、厳格に戒律を守っていた。


ある夏の日のこと、旅の道士が寺に一夜の宿を泊めた。僧侶が、


「我が寺はむさ苦しく、仙師(せんし)をお泊めできるところではありませぬ。もしそれでも、お泊まりになりたいと言われるのなら、これだけは申し上げておかなければなりません。この地にはたちの悪い蚊がたくさんいて、これに食われると、傷が腫れただれ、治らないことが往々にしてあります。ここには蚊帳(かや)が一枚しかなく、これは拙僧の分でございます。客人用のはありませぬが、それでもよろしいですかな?」


と答えると、道士は懇願した。


「お師匠様のお慈悲で、袈裟(けさ)一枚分の場所をお貸し下さいませ。虎や狼さえ避けられれば、それでよいのです。ほかは何もいりません。どうか、お願いします」


僧侶はその切実な態度を見て、蚊帳のついた榻(ねだい)を譲ろうとした。道士は僧侶のもてなしに感じ入った。


「お泊めいただいた上に、このような過分なもてなしを受けるわけにはまいりません。どうして、お師匠様に野宿をさせて蚊の餌食になどさせられましょう」


「あなたこそ、遠路、お疲れでしょう。蚊帳がなければ、ぐっすり眠れませんよ。さあ、遠慮なさらずに」


道士と僧侶はしばらく譲り合った後、道士が榻で眠ることになった。


この夜、不思議なことに僧侶は一度も蚊に食わないですんだ。


翌朝、道士は僧侶に礼を述べた。


「昨夜は榻をお貸し下さり、どうもありがとうございました。おかげでぐっすり眠ることができました。お師匠様は、昨夜は蚊に悩まされませんでしたか?」


「幸いに仙師の庇護のおかげで、蚊が一匹も寄ってきませんでした。どういうことなのか、さっぱりわかりません」


僧侶が答えると、道士は笑って言った。


「実はお師匠様のお慈悲へのお礼代わりに、ちょっとした術を用いて、蚊をすべて裏庭の竹の葉に追い払ったのです。蚊ならば、葉の上ですべて『文』の字に変じております。これは蚊除けになりますので、大切にして下さい」


僧侶は不思議に思いながら、裏庭の竹林へ行ってみた。数百本の竹が茂っているのだが、葉の一枚一枚に「文」の字があった。


僧侶が喜んで戻ると、道士の姿はなかった。以来、寺で蚊に悩まされることはなくなった。


後に、遠近の好事家(こうずか)が竹の葉の噂を聞いて、争って買い求め、一枚の葉に数十文を払った。数年もしないうちに、裏庭の竹の葉はすっかりなくなった。


僧侶はこのおかげで裕福になり、寺を修築することができた。



(清『里乗』)