王氏の娘

四川内江(ないこう)県に王氏という名家があった。娘は早くに富豪のトウなにがしと婚約していた。


王氏の娘は豊満な体つきをしており、特に腹のあたりがふっくらしていた。そのため、口さがない人々は、


「はらんでるんじゃないか」


と、うわさし合った。やがて、このうわさはトウの耳にも入るところとなった。うわさを真に受けたトウは怒り、婚約解消を求める訴訟を起こした。訴訟が自分に有利に運ぶよう、県令にたっぷりわいろをつかませることも忘れなかった。


県令の王なにがしは王氏の娘を召喚して、夫人と産婆に娘の体を調べさせた。


「確かに妊娠しております」


娘の父や兄も呼び出されていたが、県令から散々に罵られて帰宅した。父と兄も娘を疑うようになり、恥をかかされたことを恨んだ。娘は、


「身の潔白は自分で証明します」


と、毅然とした態度を崩さなかった。


娘は再び役所に召喚され、取り調べを受けた。

「何か言い分はないか」


県令に問われ、娘は滔々と話し出した。そして、着物の胸元を開くと、隠し持っていたするどい匕首(あいくち)を腹にプツリと突き立てて、一気に引き裂いた。下役があわてて止めようとしたが、間に合わなかった。娘の白い腹から鮮血とともにはらわたが流れ出した。


県令が驚いてその場から逃げ出そうするのを、父と兄が袖をつかんで引き止めた。そして、娘の死体の前に連れて行くと、腹の裂け目を押し開いて、泣きながら訴えた。


「腹に子があるかどうかおあらためください」


娘の血まみれの腹の中には、胎児の姿はなかった。県令は恐ろしくなり、適当な言い訳をしてその場から逃れた。


後に県令は王氏の娘の一件を弾劾され、家財は没収、自身と家族は辺境へ流刑となった。トウ家は没落し、産婆はこの件で捕らえられ、獄死した。朝廷は王氏の娘の貞節を表彰して牌坊(はいぼう)を立てた。



(清『野叟閑譚』)