羊になる
都のある士人の妻はたいそう嫉妬深かった。ささいなことで悋気(りんき)を起こしては夫を罵り、ひどい時にはむちで打った。そして、いつも夫の足に長い縄を結びつけ、用のある時にはこの縄を引っ張って呼んでいた。
これにたまりかねた夫はひそかに出入りの巫女に相談して、一芝居打つことにした。妻が眠っているすきに厠に行き、足の縄をほどいて自分の代わりに羊を結びつけた。そして、自分は塀を乗り越えてよそへ逃げた。
目を覚ました妻は夫の姿が見えないので、縄を引っ張った。すると、縄に引きずられて羊がやって来た。
「あなたっ!」
妻は驚いて羊に抱きついた。羊はいやがって、メェメェ鳴きながら逃げようとした。
「あなた、あなた、私よ、私がわからないの? あなたの妻よ」
そこで、あわてて巫女を呼び、この怪異の起きた理由をたずねた。巫女が、
「奥様の非道の数々をご先祖様がおとがめになって、旦那様を羊に変えてしまわれたのです。今後、心を入れ替えるなら、祈ってさしあげましょう」
と言うと、妻は羊を抱きしめて泣きながら、
「ご先祖様、申し訳ございません。私が悪うございました。もう、二度と主人を虐(しいた)げるようなことはいたしません」
と誓った。巫女は七日間の潔斎(けっさい)を命じ、家中の者を一室に集めて外に出ないよう言いつけた。そして、鬼神を祭って、羊がもとの姿に戻るよう祈った。夫は折を見てこっそり戻ってきて、羊と入れ替わった。
妻は夫の姿を見ると泣く泣く、
「何日も羊になっていて、つらくなかった?」
とたずねた。すると、夫も、
「うん、草がまずくてね、腹が痛くなったよ」
と答えて涙を落として見せた。この姿に、妻はさらに涙を誘われた。
その後、妻がまたもや悋気を起こした。夫が四つんばいになって、
「メェ」
と羊の鳴き真似をすると、妻は仰天して裸足になって先祖の名を呼びながら、
「もうこんなことはいたしません」
と誓った。
それからは、二度と悋気を起こさなかったという。
(六朝『妬記』)
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