柳生
東呉(江蘇省)の柳生(りゅうせい)は隣家の娘、蕭点雲(しょうてんうん)に恋い焦がれていた。ある日、その家の前を通りかかると、点雲が扉に寄りかかって外をながめていた。この時、柳生は少しばかり酒を飲んでおり、酔った勢いで言い寄った。
「点雲ちゃんは本当に空を流れる雲のよう。その姿はぼんやりかすんで、下界の人間にははっきり見ることもできない。もっとじっくり姿を見せてよ。家に帰ったら、君の姿を絵に描いて水月観音にお供えするから」
点雲はクスクス笑い、扉を閉じて奥へ引っ込んでしまった。柳生はしばらく扉の前をうろうろしていたが、日が暮れたので家に帰った。
その夜、点雲は柳生の言葉が忘れられず、何度も思い返した。すると、頬がほてり、胸がドキドキして眠れなくなった。その時、窓の外から指ではじく音が聞こえた。点雲が耳をすますと、人の気配がする。
「誰?」
「仏様を供養している者です。お香を供えにまいりました」
柳生の声であった。
「まあ、どうやってここまで……」
点雲も柳生の思いに心を動かされていたので、窓を開けて中に入れてやった。二人は契りを結び、将来を誓い合った。以来、夜が更けると、柳生は点雲の部屋へ忍んで来るようになった。
ある夜、点雲と柳生が睦まじく語らっているところへ、突然、母親の劉氏が入ってきた。柳生の姿を見た劉氏はあわてて父親を呼んだ。柳生は逃げる暇もなく、捕らえられた。
「申し訳ありません。点雲のことが好きで好きでたまらなくて、こんなことをしてしまいました」
柳生は土下座して許しを乞うた。蕭家と柳家は日頃から親しくしており、またどちらも名家として通っていた。蕭家としても柳家との交際を絶つつもりはなく、また、子供達の醜聞を明るみに出すことも好まなかった。そこで、柳生に点雲と結婚することを条件に許すことにした。
「すぐ媒人(なこうど)を立てて申し込むように」
と念を押して、柳生を帰らせた。
ところが、数日経っても柳家からは何も言ってこない。そこで、劉氏が柳生の母親にこのことを打ち明けると、
「一体、何をおっしゃっているの? 息子なら重い病気でずっと寝込んでいますよ。何度、危ない状態になったことか。お宅のお嬢さんのところへ忍んで行くことなどできるわけないでしょう」
と、疑いの色を隠さなかった。
柳生は母親からこの話を聞くなり、飛び起きて言った。
「ああ、やっぱり本当のことだったんだ。ずっと、あれは夢だとばかり思っていた。まさか魂が抜け出して、点雲に会いに行ってたなんて思いもしなかった」
両家はこの不思議に感じ入り、二人を結婚させたのであった。
(清『耳食録』)
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