倩霞(一)
靖南(せいなん)王の耿精忠(こうせいちゅう)は封土の福建で豪奢をほこり、その贅沢はとどまることを知らなかった。王府の護衛に林青という者がいた。年は二十歳で、耿精忠から実の甥のようにかわいがられていた。そのため、藩邸へ自由に出入りすることを許され、奥に仕える女達をすべてを見知っていた。
七夕の夜、耿精忠と寵姫達は宴を開いた。耿精忠はそば近くに侍っていた林青を見ると、からかい半分にたずねた。
「その方、妻はあるのか?」
「いえ、まだでございます」
林青がそう答えると、耿精忠は笑った。
「わしは藩王という身分のおかげで、毎日、妃らと閨(ねや)の楽しみを尽くしておる。そちのように若い者が独り身でおるのはさぞやつらかろう。ここには大勢の侍女がおるから、一人選んで妻にするがよい」
林青はひざまずいて、
「ありがたきお言葉に甘えて申し上げます。倩霞(せんか)を妻に迎えることが、私の望みです」
と答えた。耿精忠は寵姫らに向かって笑いかけた。
「おいおい、小僧には女を見る眼などない、と言ったのは誰だ。倩霞はまだ幼い時に、瀋陽(しんよう、遼寧省)でわしのもとに来た。もう十年になるから、年は十九だ。わしにもその気がなかったわけではないのだが、息子があれを所望(しょうもう)してな。ところが、欲しがった本人が死んでしまった。ほかの息子達はまだ幼いし、わしが妾にするには年が離れすぎている。そちに娶わせたら、似合いの夫婦になろう。しかし、あっさりくれてやるのでは面白みがない。そうだ、いい方法を思いついたぞ。明日、窓から姿をのぞかせてやろう。自分で運を試すのだ」
翌日、林青は耿精忠の命令で、広い部屋に呼ばれた。そこには、数尋(一尋は八尺。当時の一尺は約32センチ)もの長さの紅の錦が幕のように張りめぐらされていた。錦には一尺ほどの間隔で碗ほどの穴が開けられてあった。穴は全部で三十あり、それぞれの穴から女の片手が出ていた。手の主の姿は錦にへだてられて見えなかった。
戸惑う林青に、耿精忠は言った。
「この三十人の中に倩霞がいる。そちはこの中から倩霞だと思うものを選んで、その手のひらに名前を書け。後でわしがあらためるから」
(つづく)
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