月から来た男

唐の太和年間(827〜835)のことである。二人の男が嵩山(すうざん、河南省)に登った。蘿(かずら)をよじ登り、渓流を踏み越えしているうちに奥深く入り込んでしまった。今まで誰も足を踏み入れていないような場所で、気がつくと道に迷っていた。そろそろ…

木鳶

魯般(ろはん)は敦煌(とんこう、甘粛省)の人である。いつの時代の人なのかはわからない。なぜなら、魯般の姿はどの時代でも見られたからである。 彼は創造性に富み、様々な仕掛けを作っては人を驚かせた。その魯般が涼州(りょうしゅう、甘粛省)で仏塔建…

玉の指輪

山東の徂徠(そらい)山に光化寺という寺があった。この寺の一室で年若い一人の書生が学問に励んでいた。 夏のある涼しい日、廊下で休みがてら壁面の書を読んでいた時のことである。どこからともなく白衣に身を包んだ美女が現れた。年は十五、六、楚々とした…

王鑑

エン州(山東省)の王鑑(おうかん)は豪胆で、こわいもの知らずであった。特に鬼神のたぐいの存在を認めず、侮蔑(ぶべつ)するような発言をはばからなかった。 開元年間(713〜741)に、王鑑は酔いにまかせて、馬で町から三十里(当時の一里は約 560メート…

詩人の魂

ある男が船で巴峡(はきょう、三峡下りの名所)を下っていた。夕方、船は小さな入江に停泊した。 夜もふけて、うとうとしはじめた時のことである。風に乗って詩を吟唱する声が聞こえてきた。 時に高く、時に低く、その声は孤独と悲哀に満ち、聞く者の魂を揺…

呉生の妾

江南の呉生(ごせい)は会稽(かいけい、浙江省)を旅した折に、劉氏を娶って妾にした。 数年後、呉生は雁門郡(山西省)のある県の知事に任じられ、劉氏を連れて赴任した。この頃から、呉生はあることで悩むようになっ た。劉氏の気性が変わってしまったの…

毛鬼

唐の建中二年(781)、江淮(こうわい)地方に奇妙なうわさが流れた。 湖南から[厂+萬]鬼(れいき)が来るというのである。毛鬼(もうき)だと言う者もあれば、毛人(もうじん)だと言う者、[木長](とう)だと言う者もいた。さまざまな呼び方があるの…

柳子華

唐の頃、柳子華(りゅうしか)という人がいた。柳子華は城都(じょうと)県(山東省)の知事となった。 ある日の正午、突然、牛車が役所を訪れた。前後を騎馬姿も凛々しい美女が守っており、どこから来たのかはわからなかった。美女の一人が柳子華の前に進み…

扶風の石

波斯(ペルシア)の胡人が扶風(ふふう、陜西省)を訪れた。胡人は一軒の旅籠の前を通りかかった時、その門の外にある四角い石に目を止めた。 そのまま立ちつくすこと数日、じっと石に目を注いだまま立ち去ろうとしない。不審に思った旅籠の主人がそのわけを…

神筆

魯(山東省)に廉広(れんこう)という人がいた。泰山(たいざん)に薬草を採りに入って風雨に遭い、大木の下で雨宿りをした。雨は夜半になってようやく止み、足の向くままに歩き出したところ不思議な人と出会った。俗世を離れた隠士のようであった。 「夜中…

昼寝の夢

後魏の僕射(ぼくや)、爾朱世隆(じしゅせいりゅう)が昼寝をしていると、妻の奚(けい)氏が、誰かが世隆の首を持ち去るのを見た。急いで世隆のもとへ駆けつけたところ、何の異常もなくぐっすり寝ていた。 しばらくして、世隆は目覚めて妻にこう言った。 …

墨跡

唐の封望卿(ほうぼうけい)は僕射(ぼくや)の封敖(ほうごう)の子であった。杜ソウが鳳翔(ほうしょう)節度使になると、望卿を判官(はんがん)として招いた。 望卿の居室の壁には筆から散った墨の跡が点々とついていた。ある日、望卿はこの墨の跡を目に…

蘭陵坊の道士

昔々のことである。書簡を託された使者が蘭陵坊の西門を出たところで、一人の道士に出会った。 道士は身の丈二丈(当時の一丈は約3.1メートル)あまりで、黒いひげを垂らし、高い帽子をかぶっていた。 道士は従者を二人連れていた。どちらも黒い裙子(スカー…

楡の莢

柳積(りゅうせき)は貧しい暮らしの中、苦学していた。夜は木の葉を燃やして灯りの代わりとした。 ある夜、いつものように木の葉を燃やしながら勉強していると、窓の外から自分を呼ぶ声が聞こえた。 外に出てみると、五、六人が重そうな袋を背負って立って…